みずかげ ぶろぐ

わくわくだったり、自分自身へのゆるし、そんなゆるゆるだったりな、日々の事です。いつも愛と感謝です。

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300秒呼吸について

ご無沙汰しております。

300秒こきゅうについて、
ゆるゆる書かせて頂きます。


座禅」の項目で、140秒の段階は書いていたかと思います。

江戸時代の呼吸法の達人が、180秒以上の呼吸をしていたとの
記述を、どこかで見た事もあり、
そこにおいつきたいのもあって、

1回の呼吸で、何秒できるかな

という事で、継続的な呼吸をやめて、
1回の呼吸で何秒続くか、という事を
1年くらい前からやらせて頂いています。

呼吸法としては、前とおなじで
足芯呼吸
に近いです。

かかとと

あしのおやゆびから
はなお

そしてそこにつうじる
あしくび

あたりを
ゆるゆるさせる

のうから
からだへの
きんちょうが無くなるくらい

こころもからだも
ゆるゆるに
らくにして

120秒はいて
かるく吸って
80秒とめて
こまかな吸気で
100秒
すっていく

そういう事を、
座禅のときに
やらせて頂いています。

--
もっとも
ゆるくたのしくやれるのが
何よりなので、
100秒の吸気のときは、

まあ仮に
はいちゃってもいいかな

くらいで
楽しくやらせて頂いています。

--
過大評価も
過小評価もやめていて、

ふつうの人が
4秒のこきゅうという事も
しっています。

300びょうが
むちゃくちゃというか

8年
2920日のうち、
2919日

ざぜんをつづけて
こきゅうまにあで

やっていたら

ふつうに
300びょう以上のこきゅうが

できるようになる「かも」なのです。
--
300秒呼吸
できるぜ

と言っても

ふーんで
おわって


いつもどおり、ゆるゆるわくわく
せっしてくれる人たちと
仲良くさせて頂いているので、

ほんとうに感謝です。
ありがとうございます。


--
この、「桜色の君へ」の曲の録音の時は
継続呼吸で140秒です。生録音です。

あおぞらのうた」の時は、
単発呼吸で220秒です。ソフトウェアのピアノです。

貴方の心の色を」の2010年録音の時は、
240秒です。生録音です。

今回の「ソバニイルウタ」に収録させて頂いた、
貴方の遺した たからもの」の曲の録音は、300秒です。
ソフトウェアのピアノです。

もし、ああ
ちがうなとか

ぴあのの
こきゅうを

感じてくださる人がいたら
ありがたいことだし

まあどの曲も
べつにふつう

と感じる人がいても
ありがたい事なのです。

--
呼吸は
おそらく何も、ちょくせつ
役に立つ事が無い分、

地球人のきそとして
何の役にでもたつかなと思うし、

僕は
こきゅうまにあで
それが
大好きです。

長文お読み頂き、心より感謝です。
いつもありがとうございます。

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ボトムアップと 踵から、あたえつづける事について

ご無沙汰しております。

呼吸について、すこし書かせて頂きます。



たとえば、
世の中のすべてにおける
ボトムアップの考え方
(底の部分を、まず豊かにする)
の良さがあるかなと思います。



からだへの応用として、

・無心であること

(これは、トップ=あたま
の部分を、根本的に
ゆるゆるさせる事につながります)

もうひとつ
・踵からあたえつづける

この2つを礎とした、
呼吸法に

させて頂きました。


--
踵から呼吸する、
とは、おそらく少し違うのです。


呼吸しようとすると
自分から意図的にすったり、はいたりすると

もしかしたら
くるしさも出るかなと
思うので、



あたえつづける

という感覚だと、自分はとても
ゆるゆるできて、らくなのです。


--
毎朝の座禅時の
呼吸は、

呼気・静止・吸気の
3つあわせて、

1呼吸
120秒以上に
させて頂きました。
ありがたい事です。

--
で、この呼吸の領域を
感じられるようになると、

人間は、本来
300年から400年

生きられる身体だというのは


ああ
ぜんぜんありだよねと

すごく
実感します。


--
これは良いとか悪いとか
正しいとか間違っているとか
完全に別で、

単純に言ってしまえば

呼吸のスピードを
ゆるゆるさせられると

どんどん
寿命が伸びそう
「かも」なのです。


ふつうに過ごしていると、
1呼吸が約4秒らしいです。
(参考文献:ルドルフ・シュタイナー 「健康と食事」


呼吸を
ゆるゆる
どんどん
ふかめていると


近所の小学生の子供さんに、
「お兄ちゃん、どこの中学?」

と聞かれたり、
そんな事もあったりするわけです。



まずは
人生380年以上を
目安から


ゆるゆるわくわく、
楽しんでいこうかなと、考えています。


天命として、
むこうがわに
かえるべきときには
かえるし、


それもそれで
楽しそうです。

--
あたまをいちばん、ゆるゆるさせる
底の部分をゆたかにしてあげる

自然と、上まで
ゆたかさが満ちてくる

というのは、何にでも
応用がきく「かも」です。

--

素敵な週末をお過ごしください。
いつもありがとうございます。

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観照への気づきについて

座禅とは若干違う話ながらも
ゆるゆると話半分、
お読み頂ければありがたいです。


参考文献:
エンライトメント―ただひとつの変革 神秘家・アシュタヴァクラ
OSHO(著) スワミアンタールソハン (翻訳)
(現在手元に無く、数年前に読ませて頂いた書籍です。
ありがとうございます)

--
「悟り」とは何かということ、
それ自体への考え方が
おそらく人それぞれあって、

たとえば精神的な高みの境地へ昇っていくこと
至高の領域にたどり着くこと

そういう考え方も大好きです。

観照によって、
それを悟りと仮に考えるなら
「すでに悟っていることに気づく」
状態です。


--
観照とは
たとえば、

どうすれば心を落ち着けられるのか考えたり、
心を落ち着かせることの大切さを知る
というより

心の落ち着きそのものが
ひとつの虚構である

という領域からの気づきです。

おそらく、誰でも生まれた瞬間の視点は、
まさにその領域で、
すべての意味づけが外れた状態から
あらゆるものを見ています。

観照とは、
何かの境地にたどりつくというより
ああ、生まれたときの視点は
こうだったんだなと
改めて気づく

その再認識です。

--
だから観照に気づいている人は
何かの境地に達したというより、
最初の感覚にかえる事ができた人、
なのかなと考えています。

どんどん
いろんな情報により
人は目をつぶっていってしまって、
それはそれでよくて、

最初に、
既に目をひらいていたよ
という感覚です。

観照に気づくと、おそらく
善の感覚も、悪の感覚もはずれた
すべての意味づけを外した領域から
自分自身も、見下ろしていられます。

だから
観照に気づいたお爺さんは
仙人になるとか、ゲートボールがうまくなるとか
そういう話とは完全に別で、

ただ、いつもの自分や
いつもどおりのゲートボールの腕前の自分を
見つめていたり、その見つめている視点から
くつろいだり、楽しむことができるわけです。


--
観照に気づいている人は
善人とも悪人とも
違う領域から物事を見ているはずなので、

目の前で人が殺されていても
そこに対する
意味付けをはずすことができる、

おそらくは、それができます。


観照は
心とは完全に別に
心そのものを
くつろいで見ている領域です。

観照にきづいても

やさしさとか愛情、
情熱やわくわくを

心として

つけられたらいいかなと
考えています。

人として
ゆるゆるわくわく

まわりのすべてとともに
にこにこ楽しむこと
創造していくこと

それが
いいかなと思います。


ありがとうございます。

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もとめる などについて

思考やマインド(心)は
ただ、あるか無いかで、

「考えない」という考えがある、無し
つまり
考えないという考えがあるか無いか
それだけだったりもして、

だから僕は、
日々の座禅の時は、
足の指先からのゆるゆる呼吸以外は、
「すべての思考を完全に外す」という考えだけ
考えさせて頂いています。

その日の予定など、
そのとき湧き上がってきたものに気づいて、
それをゆるゆる外す、という事をさせて頂いています。

「何も考えない」は考えるの否定形なので、
その時点で、おそらく考えています。
そのよさもあると思うし、
そのうえで
僕は
「思考を外す」
非思考よりは無思考を
選ばせていただいています。


無心でいることというより、
そもそも本来が、無心です。

無心
という水の上に
こころ(マインド)という船が浮かんでいるだけなので、

こころ(マインド)があるか無いかです。
正しいかどうかは完全に別で、
そういう考え方があって、僕は好きです。

OSHOさんがこれについては
良く著書で述べられています。

--
おかげさまで
呼吸については
座禅中は
1呼吸80~90秒にさせて頂いています。
ありがとうございます。

日々の座禅をはじめて、6年半経ちました。


続けていると
それだけで
突き抜けていけるのかな、とも
思います。


まだまだ
ゆるゆるわくわく
精進させていただきます。
--
もとめること
もとめることすら
無い事

どちらが正しいかというよりは

自分がそれを現実として経験した、
「いま」そのときに
ゆるゆるできているなら、

おそらくそれが
一番いいし、

すこしもとめてもいいし
もとめることが無くてもいいし

何より
まず
自分自身へのありがとう

そこから
全ての人にも
全てのことにも

ありがとうと感じられている

そしたら

それが一番

ゆるゆる
わくわく

していられるかなと

考えています。

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座禅について 注意点など

僕は、毎朝の座禅を、およそ5年半前くらいから
やらせて頂いています。
5年半が約2000日だとしたら、
そのうちの1999日は、続けさせて頂いています。
1日やめたら、数か月分おちて、泣きそうになった経験が
あるので、毎日続けさせて頂いています。


僕は、
「禅―心と体が綺麗になる坐り方 」(池田書店)
を参考にさせて頂きました。
単純に、読みやすかったのと、モデルとなる女性の姿勢が
恐ろしくきれいだったからという理由です。

--
で、あまり触れられていないというか、
座禅をするときの、僕なりの、経験上からくる注意点です。
基本的な座禅のやり方とかは、いろいろあるので、
やりたい人は自分なりに探してみて頂ければ幸いです。


あくまでも、僕の経験上なので、ある程度の参考意見として
考えて頂ければ幸いです。個人差はあるはずです。
--
①食後の2時間は避ける。

・「消化」は、とにかくエネルギーを使います。
胃に集中的に、エネルギーがいきます。
食後すぐの座禅は、胃にいこうとしているエネルギーを、
他に無理やりまわそうとする事になるので、具合が悪くなる危険性があります。
食後は避けた方がいいです。
気持ち悪くなったらすぐにやめてください。
個人的には、食前にやる方が、よいです。
内臓の具合が悪くなっても、腰や骨盤はゆがんできます。


②一日ごとに、左と右の足を入れ替える。

結跏趺坐(けっかふざ) でやる場合、同じ足の組み方で、ずっと続けていると、
骨盤が徐々に歪んできます。僕は一年間、ずっと同じ方の足から組んでいたら、
腰あたりから骨盤が少し歪みました。今は一日ごとに足を入れ替えています。

半跏趺坐(はんかふざ)
でやる場合も、入れ替えた方がよいかとも思います。


③ゆるゆるやる。

・座禅時の呼吸は、丹田呼吸が、一般的なようです。
それでもいいかなと思いつつも、
その際は、丹田を、たぶん緩めた方がいいです。
丹田を「しめる」と、ほかのチャクラも固くなるかもだし、
あくまでも「気を通す」と考えた方がいいのかなと思います。
ゆるゆるで。
あくまでも、経験上の考えです。

僕は、呼吸は丹田より下げていて、
肛門や仙骨より下あたりのところから、
ゆるゆる呼吸をさせて頂いています。
丹田呼吸のときは15秒~20秒だった呼吸が
ゆるゆる呼吸で、60~70秒になりました。
ルドルフ・シュタイナーの「健康と食事」によると、普通の人間の呼吸は
4秒に1回らしいです)

呼吸ありがとう、と思いながらやると、自分は
よい感じだったりします。

呼吸がととのうと、
きもがすわって、思考や行動はスムーズになります。


どの呼吸法が正しいかというよりは、
いろんな呼吸法から、自分なりの呼吸を、創造していくのが
良いのかな、とも思います。
傾倒しすぎる危険性はあるので、腹八分目くらいで。


座禅の時は無心で、とか、呼吸の事だけ考える、とかさまざまな意見があります。

僕は、座禅の時、「すう・とまる・はく・とまる」の、
呼吸を細く長くする、「長息」のことを、考えるようにしています。
僕のやっているのは
座禅というよりは呼吸鍛錬に近いです。

④つづけてみる。

・最初にはじめたとき、座禅できた時間は3分間でした。
今は40分です。
5年続ければ、それくらいにはなります。

座禅は、「動けない」というものではなく、静止を知るものです。
行動の否定ではなく、静止の気づきであって、
呼吸のみの行動の肯定です。
9動けないのではなく、1動けます。
動けないと考えると、くたびれます。
呼吸だけしていていいと考えると、らくです。ゆるゆるです。


静止は頭で考えるものと違って、
本当に、止まるものです。


--
たとえば大周天・小周天の法とか、禅宗の修行やヨガや、
そういう気功法にくらべたら、僕の書くのはあくまで
「さわり」でしかないし、きちんと作法を学びたい方は
禅寺などにいって講習を受けさせて頂いた方が、
良いかとも思います。

といいつつ、僕もいろんな呼吸法は参考にさせて頂いています。
ありがとうございます。


ただ強引な勧誘などには気をつけた方が良いかなと、思います。
どんな良い意見や思想も、提案から強制になったら
間違いになるはずです。


--
座禅がどうのというよりは、
座禅をしたことで
どう変わるかというところだと思います。
座禅そのものの意味は、0なはずです。

そして僕は座禅が、大好きです。

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